13年

昨晩、本を読もうとしたら突然家の中が真っ暗になった。停電だ。

こっちに来てから停電は何度かあったけれど、夜の停電は初めて。ロウソクを灯し、テラスに出る。テラスからは普段、綺麗な夜景が見えるのだけれど、停電をしている家の辺りは真っ暗。どこからどこまでが現在停電しているのかが一目で分かる。真っ暗な辺りを見回しながら、13年前の1月17日に起こった阪神淡路大震災を思い出していた。

当時、私は神戸にいなかった。電気はおろかガスも水もない中で、何日もトイレを流さずに生活していたこと、長いことお風呂に入れなかったこと、何週間もガスが出なかったこと、揺れに飛び起きたもののコンタクトケースが見つからなかったこと、地震の後外に出てあまりの悲惨な状況におののいたこと、家の様子を見に来てくれた近所の友人と抱き合ってお互い生きていることを喜び合ったこと、みんな着の身着のままで町に出ていたこと、家族から聞いたそんな話を思い出す。こんな暗闇が神戸にも長い間続いていたはずだ。

当時、私はサンパウロにいた。友達の家で地震のニュースを聞き、慌てふためいて自宅に電話したら、一体何が起こったのかが分からないと声を震わせる母が電話に出た。祖父母や多くの親戚が住む淡路島が震源のようだと伝えたことが、震源地がどこかを知らなかった母を余計に心配させることとなった。自宅に電話が繋がった後、友達たちと連絡を取ろうとしても連絡が全然とれず、泣きながら色んな人に電話をしていたら、淡路島に住む伯母と電話が繋がった。「友達と連絡が取れない」という私に、被害地の伯母が「大丈夫。きっと大丈夫だから」と励ましてくれた。そして、震災を経験しなかったことを罪悪感に感じたりもした。

1時間程してここの電気は復活した。突然テレビがつき、電気が灯り、ふと現実に戻った。震災の後、何日も電気がない日々が続いた後に電気が復活したときはどんなだったろうか。