学びのインプット

この間、障害者に関する勉強会に出たのだけど、そこで、耳が不自由な人を耳が聞こえない人と考えるのではなく「手話という言語で話す人」と捉えることを知った。

1980年代までは「障害の個人モデル」という考え方で、それ以降は「障害の社会モデル」という考え方に変わってきているんだそうで、前者は人間は正常であるべきという考えに基づいて、正常でない人を正常に戻すべきという考え方。後者は、人間は多様であり、事実として色々な人がいることを前提として、多様な人を受け止めるために社会の方が変わらないといけないという考え方。人種もジェンダーも年齢も考え方も色んな人がいるように体や心も様々な形態の人があって当然と思っているつもりだけど、自分の中にまだまだ潜在的な個人モデルが残ってしまってないだろうか。

この仕事が楽しいのは、仕事というアウトプットだけじゃなくて、仕事を通して色んな学びのインプットがあることだ。